太田原 準

担当科目 技術経営論、生産管理論

研究テーマ:技術経営的観点からの産業動態研究

 私は技術経営の観点から、様々な産業の動態を研究しています。技術経営的観点とは、経営のあらゆる活動を考えるときに技術に焦点を当てて考えるということです。技術に焦点を当てて考えるということは、それほど単純な話ではありません。技術とは何かということ自体、経営学では狭義から広義までさまざまに定義されます。定義を「何らかの目的を達成するために用いられる手段、手法」とすれば、簿記や会計あるいは5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)も経営技術に入りますが、技術経営論では昨今、いわゆる「企業のデジタル化」とよばれる技術群、例えば、ICT、クラウド、人工知能、ゲノム編集、量子コンピューターといった技術を経営目的の実現のために導入することを指すことが一般的です。
「デジタル」の語源は、Digitus(指)で、指折り数えるという行為から由来しています。「数える」とは感覚的なものを量的なものに変換すること、目に見えないものを見えるようにすることですから、テイラー以来の経営学の歴史は職場のデジタル化の歴史だということもできます。したがって技術経営的観点とは、実は経営学そのもの、経営の発展方向の尖端を捉えるようとするアプローチであると言い換えることができます。経営の発展方向の尖端のことを一般にイノベーションと言います。
イノベーションという用語は巷にあふれていて食傷気味ですが、この用語も実のところしっかり定義して使わなければならないものです。この用語の元祖であるシュンペーターの定義には、何らかの新しさを備えているが、それは技術的な発明的なものでなくても構わないというニュアンスがあります。すなわち「定義すべき特徴は単に新しいことをする、あるいは既にやられていることを新しい方法でする」 ことであると言っています。「それはベッセマー製鋼法でも内燃機関である必要もない。鹿の足でできたソーセージで十分である」 と。「鹿の足でできたソーセージ」が企業経営の見える化、デジタル化につながるとは思えませんが、既にやられていることを新しい方法でするという意味では、次々に新しく利用可能となってくるテクノロジーを企業経営に結び付けていくことは、やはりこれもシュンペーターのいう元々の定義に照らして、イノベーションと呼ぶことができるのです。
前置きが長くなりましたが、企業のデジタル化はあらゆる方面で生じています。企業の基幹システム、製品やサービス、広告や顧客とのコミュニケーション、サプライチェーンといったものから、デジタル化を介した業界再編まで及びます。コロナ渦で明らかになったように、デジタル化は我々の働き方や学び方をも変えていきます。デジタル化は競争の基本的条件となる場合もあれば、他に率先して新しい価値を創造し、新たな競争優位を築くチャンスともなります。先端産業ばかりでなく、伝統的な産業や衰退産業が新しい成長の活路を見出すための機会ともなります。
イノベーションについて考えることは、究極的にはわたしたちの所得水準を高めていく可能性について考えることです。これ以上の所得向上を求めない、あるいは所得が幸福と結びつかないという立場があることは重々承知していますが、それでも社会や個人が抱える不幸の解決手段のうち、金銭的に解決可能なものの方が、そうでないものよりも多数を占めるということは否定できないと思います。所得は生産額で決まります。生産額は資本と労働の掛け算で決まります。投入される資本と労働にイノベーションがないと、収穫逓減の法則によって生産性の伸びは頭打ちになります。そうすれば所得も頭打ちになります。
企業経営について技術経営的観点から見直していく、イノベーションの可能性を考えるとは、人口減や高齢化によって生産人口が減った社会でも、われわれの生活水準を維持するための挑戦、さらには今よりもまだ豊かになれる可能性への挑戦ということになります。私自身は、これまで主に日本の基幹産業である自動車産業の歴史について、技術経営的観点からどのように理解することができるのか、あるいは自動車産業の未来についてどのような見立てができるのかについて研究してきました。最近は米作をはじめとする大規模農業の経営管理のICT化にも着目し、農業用ドローンの動きを追っています。20年後には自動車を輸入し、コメを輸出するといった現在とは対照的な経済構造が出現するのではないかとの見通しさえあり得ると考えています。皆さんも、まずは自分のよく知る身近な業界業種を対象に、技術経営的観点から考察を始めてみませんか。